自然治癒力とかいわれていますが、治癒にむけて体が積極的な変化をみせるとき、この経過は実に巧妙です。
足の外踝 (そとくるぶし) に、たびたび水が溜まる。そのたびに整形で抜いてもらっているが、水の溜まる袋ごと外科的にとってしまうことをすすめられているという患者さん。
鍼灸治療を開始してまもなく、踝の腫れている頂点におできのようなデキモノができる。 (ちなみに、腫れている踝の部分には一切刺激をしていません。鍼灸における遠隔的な操作法をおこないました)
数日後、おできが破れ、まもなくおおきなかさぶたになる。
かさぶたが取れると、踝の腫れが小さくなっている。
数日後、また、おできのようなものができる。
数日後、おできが破れ.......
結局、このパターンを3回繰り返す。3回目のかさぶたは、その下側に、残骸的な組織を有しており、この組織とともにかさぶたが脱落したら、踝の水腫はまったくなくなり、以後再発もない
実は、過去に私が腕に火傷をした際も、これと同じような経過を経験していました。
火傷の瘢痕がのこったのですが、この瘢痕の中に、ある日水胞ができて、数日しては破れる。破れると、瘢痕が小さくなっている。火傷から1年くらいの間に、そういうことが何度か起こり、繰り返すうちに瘢痕もなくなりました。
健康に生きるためには、このような体の回復過程を乱さないことが大切だと思います。しかし、一般的な私たちの常識や治療行為は、治しているつもりで、実は乱していることも少なくないかもしれません。
耳のツボを刺激すると、食欲を我慢しやすくなり、結果として食事制限しやすくなる。誤解が多いので付け加えますが、ツボを刺激したら無条件で痩せるわけではなく、あくまでも食事療法が柱です。
最近ではこれを専門に行うところがあって、耳ツボと広告しているのをよく見かけます。内情はサプリなどを購入させ、食事制限するものが多いようです。
だったら、耳ツボは補助であって、サプリ販売がメインだったりするのだから、「耳ツボ」が広告の冠にくるのはどうかと思いますね。しかも最終的には結構な金額が必要なようですよ。
さて、この耳のツボを刺激すると、なぜ食欲が減るのか。
耳ツボダイエット系の説明を読むと、ツボを刺激して食欲を正常化するとか、訳のわからない説明が多い印象ですが、本当は提供している先生もその原理をよく理解していないのだと思います。
私はこの理由について、私なりの仮説を考えております。
「耳ツボを刺激することで、脳内に快楽物質が増え、節食で満たしていた脳の快楽を補完できるから」
残念ながら、直接のエビデンスはありません。間接的なエビデンスとして、鍼によっておこる脳内麻薬様物質の増加については、いくつかの専門書で目にすることができると思います。
数年まえに、アメリカで、麻薬中毒患者の離脱プログラムで、耳ツボが使われているのをテレビでみたことがあります。禁断症状を我慢しやすくするためにおこなっているわけですから、脳内の快 不快のシステムに働きかける仕組みがあることが想像できます。
過剰な節食は、一種の自慰行為。
脳に快の代替を与えることで、異常な食欲をおさえたり、我慢しやすくなる。
この仮説、いかがでしょうか。
ちなみに、当院に通院されているかたが、ついでに耳鍼を希望したら、その部分は無料です。追加の技術料をいただくような特別なものとは考えていません。
アニメ アルプスの少女ハイジはきっとほとんどの方がご存知だと思います。
足の不自由なクララ。
クララは、なぜ立てるようになったのでしょか。まさかアルプスの空気が良かったからではないでしょう。
いうまでもなく、クララはとっくに立てる身体だったのです。
しかし、脳がそれまでの「立てない」パーターンから脱却できず、いわば神経回路として立てなかった。
実は、形こそちがいますが、クララのような人は、身近にたくさんいるものです。
クララのようなタイプの人を、体に歪みがあるなどといって矯正しても結果はでません、歪みがあろうとなかろうと、そんなこと関係ないからです。筋力も直接の原因ではないから、そういうトレーニングの積み重ねでも遠回りです。当然、薬など無意味です。
そこで、現代では認知療法というか、脳に対して新しいパターンを提示してゆくことが解決策ということになるのでしょうが、もっと奇想天外な方法はないものでしょうか。
野口整体の創始者の野口 晴哉氏は、著書の中でこういう内容のことを書いています。
ビックリさせればよい。例えば座布団の下におもちゃの蛇でも隠して、相手をビックリさせて思わず立たせて、そしたらおもむろに「ああ、立てるのですな」と認めれば良い。
また、かなり昔に聞いた話ですが、あるヨガの道場では、いきなり真剣を突きつけて、「立て!!!」といって、立たせたという話も聞いたことがあります。
要は、ビックリさせたり、特殊なシチュエーションを作りだし、無我夢中のような特別な意識状態で、「思わずそうさせる」こと。
「はっとして、思わず」というような、合理的意識の支配を受けない意識の状態こそ、暗示にかかったり、暗示を解いたりするのに重要な意識の隙間であり、その虚をついて、新しい概念を認識させることが重要ということなのですね。
なるほど。では、こういうアイディアはいかがでしょう。
五十肩で、急性期をすぎて、可動域を広げる運動療法を地道にしている友人に、強盗を装い、ナイフをつきつけて「手を上げろ!!!」
ちなみに、ウイットのつもりで書いておりますので、ご理解のほどを。
MRIなどの検査を経て、腰椎椎間板ヘルニアと診断され神経ブロック注射などの治療を繰り返し受けたが、下肢の痛みなどの症状が一向に改善しない。
試しに鍼でも受けてみるか。
そんな感じで来院される方が時々みえられます。
さて、左右のどちら側に症状があるのか。本人に質問しなくても動作をみれば見当がつきますが、もう一つ確立の高い判定法があります。
正しくうつぶせになっていただき、左右の足の長さを比較します。経験からほとんどのケースで、見た目に長くなっている側が、シビレや痛みが発生している側です。
痛みを庇っているからそうなのか、その人の動作の癖として、そもそも症状側にかあまり加重をかけない癖があったためか、判断に難しいところですが、とにかくあまり加重をかけていない現状はある。
そこでというわけではないのですが、自分なりのいくつかの仮説を元に、このシビレが発生している側の足に、可能な範囲で加重をかけて生活するように指導する場合があります。
すると、そんな単純なことが、劇的な効果につながることがある。
いいえ、「ことがある」という確立の低いものではなく、結構な割合の方が、数日から数週間の間に、症状の軽減や消失に至っているのです。
あまりにあっけなく効果があるので、内緒にして、「門外不出 一子相伝の技」としようかと思いましたが、臨床家の方で興味のある方に追試していただきたいと思い、書いてみました。
妊娠中に腰痛を経験する人の割合は半数以上と言われています。
しかし、ほとんどは生活に支障のない程度で、何か治療を受けなければならないというケースは、そう多くないと思います。
さて、腰痛の治療にみえられた妊婦さんに病歴を訊ねているときに、ちょっと妙なことに気付きました。
過去に「椎間板ヘルニア」をした経験のある人がなぜか多い印象です。しかも、ある地域からおいでになる方に多い傾向があるのです。
そこで、どこの病院でそういう診断を受けたのかと質問してみたところ、ほとんど同じ整形外科だということがわかりました。
患者さんいわく、「私の友達も腰痛でそこに行ったら、ヘルニアだって言われたんです。あそこの病院は腰痛はなんでもヘルニアといわれると噂していました。」
落語に、なんでもかんでも葛根湯(風邪などに処方される代表的な漢方薬)を処方する藪医者の話がありますが、葛根湯医者ならぬヘルニア医者の存在があるのかと、ちょっと可笑しくなりました。
どんな症状で病院へ行ったのか、どんな検査をしたのかと質問すると、下肢症状はなく、ただ急に腰が痛くなって受診した。腰の単純レントゲン写真をとった。そしたらヘルニアだと言われたという話です。
そのときに本当にヘルニアだったかどうか、わかりません。ただ、話の内容から推察すれば、譲歩しても「ヘルニアの疑いもあるね」くらいの表現が妥当で、「ヘルニアです」と断定するだけの根拠はなかったのではないかと思います。むしろ、ヘルニアではなかったのではないかというのが率直な印象です。
さて、私が問題だと思うのは、その診断の正確性の話ではありません。むしろヘルニアと過去の診断された方の、ヘルニア経験呪縛が問題です。
「過去にヘルニアをしたことがあるから、私は腰が弱く、つねに腰を庇ったり、注意が必要だと」いう潜在意識に縛られつづける現実です。
この呪縛がために、きっと、他の妊婦さんと同様レベルの腰痛であっても、過剰に心配になり、治療に見える方の割合が多くなっている可能性も否定できません。
そこで、究極的な私の仕事は、その呪縛を解くことです。
あなたは、ヘルニアではなかった可能性が高いという私見とその根拠を説明します。
そして、「ヘルニアと診断を受けたことがある人は、その記憶に支配され、いつまでも腰に自信がもてない。しかし、それは自分で自分の行動を制限している自縛行為。あなたはむしろヘルニアでなかった可能性すら高いのだから、もうそういう考えから心身を解放してあげましょう」と。
インターネット環境にある方にはこんなブログを勧めたりしています
心療整形外科 http://junk2004.exblog.jp/